2020/1/25 甦る!90年前の“二十六聖人肖像画”

〇 甦る!日本画・90年前の“二十六聖人肖像画”
2019年11月24日、長崎市西坂町のカトリック聖地、二十六聖人処刑地を訪問されたローマ教皇は祈りをささげた後突然小憩のため「二十六聖人記念館」にお入りになりました。<下・写真>そこには、館内を圧する日本画“二十六聖人肖像画”が展示してありました。

この“二十六聖人肖像画”は日本画家・岡山聖虚(1895-1977・広島市出身)が制作した大作で、1931(昭和6)年ローマに献上されバチカン美術館に所蔵されており、教皇がご覧になったのは複製です。
浦上キリシタン資料館が2019年1月、長崎市内で見つかった岡山聖虚の「聖母子画」(掛け軸)展を開催した際、その存在が改めて明らかになりました。浦上キリシタン資料館ではバチカン美術館から提供された写真データをもとに実物大の複製を製作し「聖母子画」と並べて「忘れられた天才画家、いま甦る」のキャッチフレーズで初公開し、話題を集めました。

「教皇様に“二十六聖人肖像画”をご覧頂こう!」
38年ぶりの教皇来崎が決まり、浦上キリシタン資料館を始め日本のカトリック関係者の間に取り組みが始まりました。目的はバチカン美術館に所蔵され傷み激しい肖像画の修復ですが、制作から90年余りが経過していて日本画の修復技術・方法・場所・期間・費用など問題が山積しています。今すぐ出来なくても修復を念頭に、ともかく、持ち主でもある教皇に日本のカトリック信徒の想い、願いを届けようと検討を重ねました。しかしながら、今回の教皇来崎は僅か7時間で、その間に二十六聖人処刑地・爆心地公園・ビッグNスタジアムでの祈り・ミサの日程が詰まっており、教皇が肖像画をご覧になる時間は取れないと関係者は諦めていました。
38年前の教皇来崎は歴史的な「大雪」、今回は「雷雨伴う大雨」とドラマチックな“空模様”でしたが、その天候のお陰だったのでしょうか、二十六聖人処刑地での祈りのあと、通訳を兼ねてそばに付き添っておられた前二十六聖人記念館長・レンゾ神父が、そばの記念館での小憩を促されたのです。タイトな日程にも入っておらず、いわばハプニングでしたので多くのマスコミ関係者も同行かなわず、バチカン専属のカメラマンだけがその模様を取材し、後日ローマでのテレビニュースで流されました。冒頭の教皇観覧写真はその一部です。
その後、二十六聖人肖像画修復の動きは急展開を見せます。
読売新聞は長崎支局・坂口佑治記者の取材で、2020年1月24日(土)付け・西部本社版(福岡地域)夕刊で 『二十六聖人図 里帰りへ』と報じました。同内容が25日(日)付け・長崎県版にも掲載されました。

全文、紹介せて頂きます。
『 長崎で殉教したキリシタン26人を描いた日本画で、バチカン美術館に収蔵されている「日本二十六聖人図」について、カトリック長崎大司教区は国内での修復に乗り出す。早ければ6月にも高見三明大司教がバチカンを訪れ、ローマ教皇フランシスコに説明する。許可されれば、1931年に当時のローマ教皇に献上されて以来、約90年ぶりの「里帰り」となる。
 広島市出身でカトリック教徒の日本画家・岡山聖虚<*せいきょ>(1895~1977年)の作品。京都で捕縛され、1597年に長崎の西坂で処刑された日本人信徒や外国人神父ら26人の姿を、1枚の絹地(縦約190センチ、横約75センチ)に1人ずつ岩絵の具で描いている。岡山は生涯で100点以上の作品を描いたとされるが、確認されたのは国内だけで10点ほどしかないという。
 カトリック長崎大司教区などによると、約5年前に高見大司教がバチカンで二十六聖人図を見た際、しみが浮き出ていたり、岩絵の具の一部が剥落<*はくらく>したりしているのに気づいた。痛みが進むのを心配した長崎市の信徒が昨年9月、美術工芸修復の専門家と一緒にバチカンを訪問。改めて状態を調査し、修復が必要と判断した。
 二十六聖人図については、約20年前にも日本の民間団体が現地で修復に取り組んだが、滞在費がかさんだことなどから9点しか修復できなかった。今回は全ての作品を国内に持ち帰り、専門家の工房での修復作業を検討している。
 教皇は昨年11月に長崎市を訪れた際、予定になかった「日本二十六聖人記念館」に約5分間入った。教皇は館内で特別展示されている二十六聖人図のレプリカを見学し、修復計画についても説明を受けたという。
 3月にカトリック長崎大司教区内の地区代表者らで最終協議し、修復計画を正式決定する。その後、6月にも高見大司教がバチカンを訪れ、教皇に説明する。費用は数千万円に上るとみられる。完成には2~3年ほどかかる見込みだ。
 高見大司教は「26聖人をこれだけ克明に描いたものは他にはないのではないか。非常に貴重な作品なので、ぜひ何とかしたい」と話し、同記念館長のドメニコ・ヴィタリ神父は「自分の信じるものを守って犠牲になった26聖人は、キリスト教だけでなく日本の歴史でもある。苦しみ多い現代に、修復によってよみがえることは大きな意味がある」と期待している。』

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