2018/9/15 さだまさし会長活動ご報告

〇さだまさし会長活動報告~テレビ・新聞から~(2018年9月~)
さだまさし会長は2018年5月から新曲 「Reborn」 を引っ提げて全国ツアー 『さだまさし45周年記念コンサート:Reborn~生まれたてのさだまさし~』 を展開しています。この多忙な日程の合間に集中豪雨や大地震の被災地慰問などを精力的に行っています。テレビ・新聞の報道を使わせて頂いて最近の活動3件をご報告します。

 (1) 避難所で被災者を励ます(北海道安平町)~NHK NEWS WEB(9/15) 
  『北海道安平町の避難所を歌手のさだまさしさんが訪れ、被災した人やボランティアの人たちを励ましまし
た。さだまさしさんは地震の被災地を相次いで訪問し、震度6強を観測し断水が続く安平町では、町民センターの避難所を訪れ、炊き出しの配膳を手伝ったり、訪れた人に声をかけたりしていました。
       
   町内に住む40代の男性は 「断水が続いて大変ですが、ファンなのでうれしい。明るい気持ちになりました」 と話していました。このあと、さださんは、子どもの 「居場所」 として町内に開設された施設を訪れ、保育スタッフや子供たちを励ましました。さださんは 「被災された方もボランティアの方も大変だと思いますが、少しでも元気を出してもらえればうれしいです」 と話していました。』

 (2) さださんの基金に応援隊~大分合同新聞(9/7付・夕刊) 
  『歌手のさだまさしさんが立ち上げた 「風に立つライオン基金」 を支援しようと、県関係者を中心とした 「風の団東九州応援隊」(隊長・和田久継三和酒類会長)が6日、発足した。
          
 大分市のホテルであったさださんの音楽活動45周年を祝う会で発表した。発起人の一人、宇佐市の安東脩三郎さん(杵築中央病院事務局長)が 「少しの力、少しの思いでいい。さださんに共感し、困っている人たちに元気と勇気を届けよう」 と呼び掛け。さださんは 「まだ小さな基金。志を同じくする人たちに支援していただけるのは心強い」 と喜んだ。基金は災害現場などでボランティアに取り組む人たちを経済、人材の両面で支援している。応援隊は活動資金の募金をしたり、メンバーの医療関係者を被災地に派遣したりいていく予定。』

 (3) デビュー45周年「さだまさしという“祭り”こんなに続くとは・・・」感慨 
~信濃毎日新聞(9/12付・夕刊) 
   『しんみりと胸にしみる歌を届けるシンガー・ソングライターのさだまさしさんが、1973年のデビューから今年で45周年。トーク番組や小説など活躍の場を広げ、若い世代から新たな人気を得ている。 「僕のイメージを100人に聞くと100通りある。さだまさしという“祭り”がこんなに長く続くとは」 と感慨深げに語る。
   アーア、アアアアアー、作曲したドラマ 「北の国から」の主題歌を歌ううち、「川の流れのように~」と、いつの間にか美空ひばりの曲に変わって会場が沸く。全国ツアーで7月、東京国際フォーラムで開いた公演の半分はトークで笑わせた。45年間で開いたコンサートは4300回以上、インタビューで振り返ってもらうと 「僕はずっと“炎上”してきました」 と苦笑した。「『精霊流し』で暗いと言われ、『無縁坂』でマザコン、『雨やどり』で軟弱、『関白宣言』で女性蔑視、『防人(さきもり)の歌』で右翼と言われた。マスコミのパワハラですよ」 と代表曲をネタに冗談めかして話す。不遇の時代を述懐し 「バブル経済の最中にも重たい曲を聴いて“邪教”だと思われて、ちょっと恥ずかしい思いをいていた“隠れマサシタン”のファンが最近ようやく表にでてきました」。「眉山」 「アントキノイノチ」 「風に立つライオン」 など自ら書いた小説は映画やドラマに。音楽では近年、レゲエグループ 「湘南乃風」 や寺岡呼人ら若手との共演も。7月発売のアルバム 「Reborn」 にはレキシらが参加。ナオト・インティライミと共作した収録曲 「きみのとなりに」 は、東日本大震災の翌年に2人で訪ねた岩手県大船渡市で、番組の撮影後、一息ついた仮設店舗で夜通しかけて作った。「『今日しかできない歌がある』とナオトに言われ(心に)刺さりました。『笑っちゃうくらい今を生きている』 と歌詞を僕が書いた瞬間、彼からポンとサビのメロディーが出てきた。神様がくれたなと思いました」 「本当にしんどい時、歌は何の力にもなれない。少し落ち着いた時、せいぜい隣に腰掛けてあげるぐらい。立ち上がろうとする人の背中を支えるような歌を作れれば」 歌で悲しみに寄り添い、笑いで元気を振りまく。大きな振れ幅で人を引きつける。コンビニに入店するときに流れるメロディーに、「生まれたてのさだまさし」と歌詞を付ける遊びが子どもらに人気と知り、アルバムに収録する“遊び心”も。 「45年も続く祭りは少ない。僕は 『YOSAKOIソーラン祭り』 より昔から歌っている。さだまさしが今、何をすれば面白いかなあ」。少年のように目が輝いた。』

コメント投稿は締め切りました。