| 長崎市国際ボランティアが発行している「もっともっと世界を身近に感じよう~地球市民」10月号に、NPOピーススフィア貝の火運動前理事、牛嶋洋一郎さん(2009年7月1日~2011年6月30日在任)の記事が掲載されましたのでご紹介します。 |
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「身近な国際交流って何だろう?」 長崎「国際交流塾」牛嶋洋一郎さんに訊く
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国際都市・長崎で、約20年にわたり長崎「国際交流塾」塾長として活躍されている牛嶋洋一郎さんにお話をお聞きしました。この塾の活動に対し、これまでに国際交流基金「地球市民賞」、長崎県県民表彰等多数の賞が贈られています。
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| 長崎伝習所「国際交流塾」立ち上げの経緯について |
当時、両親の介護のため高校の教職を辞して長崎に戻り、長崎県国際親善協会の会報作成を手伝っていました。行政と市民の協働のまちづくり事業である長崎伝習所より同協会の武藤前会長に、従来の国際交流の塾が長続きしておらず、国際都市長崎として継続可能な塾の開設について協力要請があり、その後私に打診がありました。最初は国際交流には特に興味も経験もなく躊躇しましたが、さまざまな方の支援の中で、国際交流塾の塾長としての活動が始まりました。一般に国際交流は「非日常的な活動」と考えられがちですが、これを「共通の目的」を持つ「日常的な活動」にしなければ継続しないと考え、各塾生がそれぞれの興味ある班に属して活動する体制を確立しました。初年度から「ながさきみなとまつり」に参加し、長崎大学国際交流会館の留学生の協力で世界の料理を提供しました。これは、現在のワールドフーズレストランの源です。その当時の班の一部は伝習所終了後も解散せず、現在のあバドミントン班等に発展しています。今まで、活動を止めようと思ったことは何度もありましたが、結果として、私がこの活動からもっとも多くのことを学ぶと同時に、楽しみ、かつ驚きも経験できたと思います。1997年、長崎伝習所から独立して長崎「国際交流塾」となり、通算で約20年物長崎にわたり続いていますのも、「国籍を問わず目的・趣味を共有し親睦を深める」という活動の根幹があったからと思います。
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| 国際交流についての考え、及び塾の諸活動について |
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すべての人は、他人に対し何らかの差別感情や偏見を、自分では気づかないうちに持っていると思います。私は、いろいろな国の方と交流をする中で、この点に気付きました。 それは、外国人に対してだけではなく、日本人の中で、例えば身体に障害がある方等に対しても差別感情を持っていることに気づき、愕然としたことがあります。また、長崎や日本の文化・歴史等で知らなかったことが多かったことに驚いたことも覚えています。結果として、異文化交流とは、知らないものを知るというだけでなく、自分を見るための鏡としての役割をしてくれます。そして、その異文化とは。国が違うということだけでなく、健常者・身体障碍者、男性・女性、社会的地位や所得、勉強や運動の能力、等々の様々な違いも同じ異文化として考えることが大切だと思います。人間は平等であると知識としてわかっていても、本当に心から思っている人がどれだけいるでしょうか。私自身も、まだ自信はありません。 国際交流とは、国境を越えて付き合い、自分と異なる文化があることを知り、これを学び、認めて、平和が保てる多文化共生社会を築く「手段」であると思います。多くの方に国際交流を通じて、私が体験した事に気づいてもらいたいと思います。そういう人が増えていくことで、平和につながります。 現在、長崎を訪れる修学旅行生に、「外国人と歩く長崎」「オーダーメイド国際交流」「ワールド探偵団」等の「地球市民」育成をはかる国際理解教育プログラムも提供しています。 その他、国際協力活動として、これまで塾の中での付き合いのありました外国人の塾生のホームタウンへの支援として、グアテマラへの診療所建設支援や、インドネシア・スマトラ島沖のインド洋で発生した大津波等の自然災害に対する協力支援活動等を行っています。
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最後に、私たちのニューズレター『地球市民』では、巻末で「身近な国際交流ってなんだろう?」と問いがありますが、牛嶋さんはどうお考えですか?
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それは、国際交流をしていることを意識しない「人間と人間」の交流のことだと思います。
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