 |
 |
|
ブリックホール国際会議場
|
報告・増川専務理事
|
「みどりのせんそうほうき」に全国の大きな目が注がれました。 2007年5月17日長崎市で開かれた「日本非核宣言自治体協議会」の第24回総会で、誕生の由来から全国の会員・ボランティアの取り組み、市民への広がりを具体的に報告しました。 これは、同協議会から「“みどりのせんそうほうき”を中心としたNPO活動事例報告」をして欲しいとの要請を受けて行ったもので、田上富久長崎市長を始め沖縄の翁長雄志那覇市長ら首長、それに平和事業を企画立案し推進する実務担当者ら約80人が出席し聴講しました。 報告にたった増川雅一専務理事は、冒頭、銃撃で殺害された伊藤一長前長崎市長の冥福を祈るとともに、事件に怯むことなく平和への道を歩まなければならないと述べました。 報告は活動写真のスライドを織り込みながら30分に及びました。 東京都の入江篤子さんが考案した「みどりのせんそうほうき」は、日本国憲法の「戦争放棄」に由来し、19991年の湾岸戦争時に生まれました。鹿児島ボランティアから開館間もない2004年ピースミュージアムに届けられ、ピーススフィア貝の火運動の会員・ボランティア、来館者を通じて一挙に全国へ広がりました。 報告の中で増川専務は強調しました。 『「平和」への思いを形にする、行動に移すことは大切なことです。しかし、市民にとってはなかなか出来ないのが現実です。「みどりのせんそうほうき」なら作り方も簡単、誰でも作ることが出来ます。 小・中学校の子どもたちや保護者、地域の自治会やクラブ・サークルなどからたくさんの「みどりのせんそうほうき」が届いています。素材を始め形や色も様々で創意工夫が凝らされています。何より一人一人の平和を願う熱い気持ちが込められています。 「平和のために市民が動いた!」と嬉しくなりました。 世界は今、問題や紛争を解決するために様々な「武力」が使われています。しかし、国連を中心に話し合いによる解決を模索する勢力やNGO・NPOの組織を先頭に平和への歩みが力強くなっていることも見逃せません。 私たちは絶対に平和をあきらめることはありません。未来の子どもたちの笑顔が一層輝くように、明るい展望を持って「みどりのせんそうほうき」を拡げて行きたいと思っています。』
「非核宣言自治体」は、米ソ冷戦のさなか1980年、イギリス・マンチェスター市に生まれました。核兵器の脅威をなくすため、自らの町が“非核兵器地帯”であることを宣言し、世界に広がりました。日本にもすぐ伝わり、現在では自治体の67%、1,200を越えると県市区町村が「非核宣言」をしています。 日本では、このうち232自治体が参加して、核兵器の廃絶と恒久平和の実現を目指す輪を拡げようと「日本非核宣言自治体協議会」が結成され、総会・全国大会・研修会などを通じて平和事業の推進にあたっています。現在、事務局・会長は長崎市です。
|