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プノンペンへようこそ…感想より

長崎に住んで7年ほどになりますが、長崎に来るまで、あまりこのような写真展にふれることはありませんでした。住んでみて平和について考えるようになりました。
カンボジアの写真展は3回目ですが子どもたちの笑顔を見ながらその裏にある貧困や生活の状況を感じます。今回は選挙を主とした写真展でしたが、各国の監視官の元での選挙が行われていることを知り、まだカンボジアの人々だけでは難しいのだと思いました。しかし希望に向かっている人々の様子を感じられました。
色々なことに気付かされることで、このような機会を与えて下さったことに感謝申し上げます。(Y)

今恵まれている環境に育っている私たちが想像できないような格差社会や、治安の悪い状況下で生活していると思うと胸が痛みます。だけどやはり世界にはそのような人々が存在していることに対し残念でもあります。将来的には、少しでもこのような子どもたちに対して支援を行っていきたいです。
長崎に住んでいたら、原爆に対する学習が主なものだけど、もっと視野を広げて世界を見る必要性も感じました。

小さい頃、どこの家庭もその日食べる為に働いていましたが、隣近所は皆仲良く助け合っていました。今日本は物があふれ、もっと美味しいもの、もっと便利なものと欲張りすぎた結果、日本の大切な文化を沢山捨ててしまったと思います。いつの時代も、権力を持つ人とそうでない人がいて、弱い立場の人々が犠牲になるのは腹が立ちますが、どうしたら解決できるのか考えてもわかりません。
自分に何ができるか考え、わずかですがユニセフ募金を始めました、住む家があり、食べものの心配をしないですむことは大変幸せな状況だと思ったからです。今後もできる範囲で続けていこうと思います。

カンボジアの人々が、どれだけまずしいかがわかりました。「平和」というものはとても大切だと前回よりももっと思いました。

今日来て平和とはどんなものなのか、改めてわかった。直接子どもにお金をわたすとどうなるかとか、カンボジアの町の様子がわかった。カンボジアの人々も生きるためにがんばっていることがわかった。
カンボジアの選挙も少し大変だなぁと思った。(R)

カンボジアの子どもたちの為に何かできることはないか、考えたいと思った。子どもたちが笑顔でいられる国であってほしい。

子どもたちの美しい瞳とカンボジアの青い空、世界の平和はそんな当り前の風景画当り前にあることからはじまるような気がします。そして一つ一つの笑顔がまた一つと拡がっていって欲しいと思います。このNAGASAKIの下、写真展を通して世界の平和をまた一つ考えることができました。(M.A)

笑顔が多かったように思いますが…。生活感が手にとるようにわかります。行ったこともない知らない国なのに。ビデオを見せてもらい、心に残る場面もありましたが、1枚々の写真から受けるものとは違うように思います。やはり、写真にはかないませんね。(S.J) 

今回は対象に迫った写真が多いのに驚かされました。長崎には、こんな写真をとる人は皆無です。自分の好きな被写体を、自分の感覚で撮り続けてください。海を臨む石の囲いに座って、シャツを頭からかぶっている若者の写真が好きです。今のカンボジアの苦悩を表現していると思います。(Y.K)

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おうちがないひととか、そとでくらしているひとたちがいたから、かわいそうにおもいました。学校にいけない人もいるからかわいそうにおもいました。
ごはんもたべられないからかわいそうにおもいました。(K.Y)
せんきょの時、ゆびにしるしをつけるのは、はじめてしりました。あと、家がない人やまずしい人たちは、とてもかわいそうでした。プノンペンの人のダンスでてがやわらかいのがすごかったです。日本では、ほとんど大人の人がはたらいてるのに、プノンペンでは、子どもも、はたらいてたのでびっくりしました。プノンペンと日本では、ぜんぜんちがうのがわかりました。(K.M)
どうろにすわってる子やびょうきになっている子たちがかわいそかったです。
ぼくはいろいろできるけど、カンボジアの子どもたちは同じくらいの年だけど学校にも行けなくて食べものをあんまり食べれない。同じ地球にすんでいるけど日本は平和でめぐまれています。(M.K)
カンボジアの写真、英国人の一人が訴え続けています。現在の日本人の暮らしとくらべて哀れの一言しか云い様がありません。私に出来る事は何をすべきか?考えるばかりです。(T.M)
とてもすばらしい作品でした。カンボジアの姿を素直な目でとらえています。
これからもカンボジアを撮り続けて下さい。(K)

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物乞いをする子どもたちに対する社会的な見方に何か気付かされました。少しでも何か力になれることがあればと思います。
カンボジアの子どもたちの現実を初めて知り、とても心が痛みました。ポルポト政権以後、国の正常な政治がなされなくなり、国民、特に子どもたちにとって最悪な状況になっていたとは。ルーカスさんの写真で今の現状を知り、日本がいかにぜいたくで幸せな国であるか痛感しました。
学校にいけなくて子どもはかわいそうだと思ったし、家族といっしょにくらせない人もいてかわいそうでした。カンボジアの子どもはつよいと思いました。じらいで足をかたほうなくした人もいて、かわりに木を足がわりにしている人もいてそのひとはかわいそうでした。家もないひとなどもいて、その人はボンドもかいでいました。夜に本をうっていた子どもんどもいたし、ゴミのぶんべつをしている人もいました。(小3・M.T)
私は映像を見てカンボジアの子はかわいそうだなと思いました。そのわけは、お金がなくて学校に行けない子どもたちがはたらいているところを見たからです。日本では、学校にいけない子は、いたとしてもかぞえるほどしかいません。なのにカンボジアの子どもたちは昼も夜もはたらいて、どれほど自分がゆうふくなくらしができてるか、どれだけカンボジアの子たちが、がんばっているかがわかりました。なのでこんどからお父さんやお母さんに、かんしゃしないとなと思いました。(小4・O.R)
私はこのえいぞうをみてカンボジアの国には、多くのまずしい人がいるんだなぁということがわかりました。私たちと同じくらいの年なのに働かされてとてもかわいそうでした。(小3・N.H)

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世界にはまだたくさんの国が戦争をしていて、その被害を受けているのは国民であり、子どもであると思った。しかし、その中で平和の笑顔が見えかくれしていて、平和は本当に尊いものだと感じた。(修学旅行生)

カンボジアがこれ程格差の大きい国であるとは知りませんでした。テレビ・新聞では何気なく見て、読んでそれまででしたが、写真展は力強い訴えがあります。見る事によって考えさせられました。

写真で伝えることはほんの一部かもしれませんが、人の表情・景色で伝わってくるものが充分ありました。特に子どもの写真は、悲しさの中にも力強さ(笑顔)に逆にはげまされたように感じます。
青空の中、子どもが後姿でシャツを頭までかぶっている写真は好きです。希望や未来に可能性を見つけられるような一枚です。目を背けたくなるような現実もありますが、今の私達に出来ることを深く考えさせられた作品展でした。
3人の子どもたちのアップの写真は、真ん中の少女の憂いが強く感じました。気のせいでしょうか?両端の子どもに比べて目に生気が足らないように思えました。文明と文化。過去と未来。あらゆる事が子どもたちにあたえる影響が大きいのは日本も同じですが何かが違います。スコットさんが何を伝えて下さろうとしているのか真剣に向き合わせてくださった写真展でした。(N.Y)

生きるのに精一杯なのがよく伝わります。貧しいが故に起こる犯罪や薬物、性行為、そこから生まれる新たな悲劇! それをなくすにどうするか?「教育」に立ち返る。でも学校に行けない子どもたち。まずはここからだと思う。貧しさから抜けるには…
このような展示をより多くの人に見てもらって、もっと考える機会を増やせたらよいと思う。(M)

回を重ねるたび情報量が増し、リアルに感じられるようになっているような気がします。変わらぬ情熱とスコット先生の情熱を感じます。私も”平和”を語れる「長崎人」であり、教師でありたいと気持ちをあらたにしました。

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2005年にカンボジアに行きました。働いている子どもたちがとても多いことに驚いたし、ショックでしたが、今もあまり変わっていないようですね。小さな子は各国の言葉でものを売れるし、観光客をどこの国からきたのかすぐ見分けられ、計算もできるのに。学校と教育が早く整うといいのに。でも子どもたちの笑顔が明るいのを見れてよかったです。カンボジアのお金の流れは理不尽でわけがわかりませんね。(K.T)
写真一枚一枚に目を通して、この国の現状というものがはっきりうつし出されていました。子どもたちの目が私にこの現状(いま)をどうにかしてと訴えかけているようでした。とても目に焼きつく光景でした。多くのことを考えさせられました。
教育の欠如が犯罪に手を染めてしまうという現実、一刻も救いの手が必要だと感じた。治安の悪さが目立ち、生々しかった。実際は他国からの支援は満足な支援になっていないのが現実としてあるように思えた。身体に受ける傷より、心に受ける傷のほうが彼らにとって一番大きいように感じた。もっと「愛」のある支援が必要だと感じた。