2017/9/12 本別展終了

〇北海道本別町展、盛況裡に終わる!(2017・8/31)

 
 
<本別町歴史民俗資料館・展示風景>

北海道本別町は、札幌市から東、帯広・釧路両市方面へ直線で191.8km、自動車道で約230km離れた人口約7300人(3700世帯)の町です。
「豆のまち」として知られていますが、畑作・酪農が盛んで、豆・砂糖・小麦・乳製品等の生産が町の主力です。

 
<本別町田園風景>
 
<軍馬補充部十勝支部(本別町)>

かつて、この町には戦争に動員された「軍馬」を生産する「軍馬補充部(陸軍牧場)」が置かれていました。
終戦間近の1945(昭和20)年7月15日、米軍の空襲があり、40人の死者・全焼家屋280戸・罹災者1900人に及ぶ被害を受けました。
町ではこの戦争の悲惨さと平和の大切さを後世に伝え続けようと毎年夏、空襲展を開催しており、2017年も7月~8月の2か月間 『七月十五日本別空襲を伝える~戦争にいった馬たち』展として、同町歴史民俗資料館(館長・田野美妃さん)で開催されました。

 
<本別町軍馬慰霊碑「鎮魂」>

ナガサキピースミュージアムは、2015年、同町の「軍馬慰霊碑」や軍馬を輸送した「旧仙美里駅」「軍馬補充部跡」などを取材して以来交流を続けており、今回の展示に際し、ピースミュージアムが制作した全国の軍馬慰霊碑から選抜し関連の資料と合わせて約60枚のパネルを提供しました。
期間中、NHKをはじめ北海道新聞・毎日新聞・読売新聞・十勝毎日新聞などマスコミ各社の取材で北海度全域に報道され、札幌や士別など自動車やJR・バス乗り継ぎなどで4時間余りもかけて来館されるなど大きな話題を集めて8月31日、展示会は終了しました。

 
<NHK取材>                  <北海道新聞>

歴史民俗資料館からメッセージが届いています。
『貴館からお借りしたすばらしい資料を、大勢の皆様にご紹介できましたことは、大きな喜びです。町内の小学生の感想文、お礼の手紙、一般来場者の感想ノート、あちこちに「馬がかわいそう」「馬も犬もハトも、戦争に行かされたとは知りませんでした」などと書かれてあり、全国各地の軍馬碑の数やそのバラエティに驚いたという声もお聞きしました。大きな反響をいただき、一同嬉しく感じております。ご協力に心から感謝申し上げます。』

 

*歴史民俗資料館から7月31日届いた連絡によりますと、『7月30日、80歳くらいのお爺さんが来館されました。札幌市にお住まいで、単身、JRとバスを乗り継いで、4時間もかけてお見えになりました。農家のご出身で、子どもの頃、自宅で飼育していた馬が軍隊に徴用され戦争に駆り出された悲しさが忘れられないとのこと。新聞やTVニュースで本別町歴史民俗資料館の企画展を知り、遠路、お見えになったとのことでした。じっくりと資料の一つ一つをお読みになり、たまに写真に収め、3時間ほども滞在されました。軍馬慰霊碑にも行きたいとのことでしたので、たまたま登庁していた町役場の職員が車で送迎させて頂きました。「全国各地にも私のように、馬を戦争に供出して二度と会えなかった方々が大勢おられるのですね」・・・帰り際にお話された一言が心に残りました。体験された一言、70数年の時を超えて、ズシリとその重みを感じました。』

*歴史民俗資料館から8月28日届いた連絡によりますと、8月17日付・読売新聞(全道版)をご覧になった道北・士別市からお孫さんの運転で4時間かけて来館されたお年寄りご夫婦がおられました。後日、手紙が届きました。『爺ちゃんが新聞持ってきて、ここに行きたいというから、乗せて来たんですよ。そんなこと珍しいもんだから、俺、ビックリしたんですけど、爺ちゃん、すごく喜んでるから、連れて来て良かったです。』
お爺さんは、平成生まれのお孫さんに、自分で話すよりも展示資料を通じて軍馬の歴史、戦争の悲惨さを伝えようとされたのでしょうか。感謝の言葉にスタッフ一同、“感謝するのはこちらの方”と、感激されたとのことです。

 
<みどりのせんそうほうき>           <小学生の子どもたち>

ナガサキピースミュージアムは今回の展示に際し「みどりのせんそうほうき」を合わせてお届けしました。本別町広報にも掲載して頂き多くの町民の皆様の胸に付けて頂きました。
北海道と長崎、距離的には遠く離れてはいますがみんなが熱望する“平和”への想いは同じですね。
これを機会に本別町の皆さんとも引き続き交流を深めていきたいと思います。
本別町及び本別町歴史民俗資料館をはじめ来館された地元・本別町は勿論、札幌など遠路足を運んで頂いた皆様にお礼を申し上げます。ありがとうございました。

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