2016/12/23 “平和”の便り二題

●鹿児島発『学徒動員兵の“終戦の詩”』(2016・11/16)

ピーススフィア貝の火運動鹿児島のボランティアN・KさんからメッセージとDVDとCDが届きました。
 2014年12月、ピーススフィア貝の火運動鹿児島が地域の平和団体と共催してかごしま県民交流センターで「平和講演会」を開催した際交流した、鹿児島の元小学校教諭・前田孝子さんが制作されたものです。
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前田孝子さんは、第2次世界大戦中、鹿児島県大隅町八合原・岩川に設置されていた日本海軍の飛行隊基地の歴史を子どもたちに伝えようと『芙蓉塔ものがたり~特攻作戦に異議を唱えた部隊』を出版され、地元に残る基地跡や記念碑などを通じてご主人や地域の皆さんと一緒に平和活動に取り組んでおられます。
N・Kさんのメッセージによりますと、前田さんは“戦争当時のことを語れる人がだんだんと減っている”中で、岩川基地に学徒動員で徴用され従軍した小林範三さん(85歳)の“戦争体験談”を収録されました。“小林さんのお話は非常に正確で、当時のことを知る貴重な手がかり”となったと言います。

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<「小林範三さんの証言」から:平成28年7月20日(都城市)>

また、同封された『終戦の詩』は、小林さんが終戦直後に作詩・作曲されていたもので、前田さんの親族で音楽家の片倉照男さん一家が編曲・歌唱・ピアノ伴奏を担当され、“この夏、無償のボランティアでCDが完成”しました。

「終戦の詩」
        
一、嗚呼 忘れまじ 十五日
昭和二十と 八月の
大詞 畏みつ
血涙尽きて 鉾納む

二、想えば学徒 報国の
齢十五の 昔日に
地下発電壕 構築を
勝つと夢みつ 幼身で

三、夢破れかし 暑き日の
君主の言葉 吾が耳に
戦終わりぬ 告げを知り
頬に流るる 泪あり

四、芙蓉の塔に ぬかづきて
南の空に 散華せし
若き戦士の 銘記あり
往時を偲び 詣り来ぬ   

*「岩川基地」・・・日本海軍第131航空隊の基地の一つで、大戦末期に設置され、29歳の美濃部正少佐率いる“芙蓉部隊”が使用しました。もともと静岡県藤枝基地で編成され、基地から見える富士山にちなみ“芙蓉”と命名されました。米軍の沖縄進出に対抗する形で鹿児島・鹿屋基地を経て移設され、終戦まで出撃回数81回(出撃機数延べ786機)に上りました。“芙蓉部隊”は、特攻最重視の戦闘下にあって正攻法を曲げず、夜出撃する“夜襲戦法”で知られ、一部には「特攻を拒否した部隊」とも言われますが、出撃機中47機は未帰還、戦死者は76人に達したと記録されています。

 

●京都発『“テラルネ”設立15周年記念誌』(2016・12/1)
カンボジアの子どもたちへの支援活動を通じて交流しているNPOテラ・ルネッサンス(京都市)が設立15周年を迎え、記念誌『テラルネ』が発行されました。

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<NPOテラ・ルネッサンス設立15周年記念誌「テラルネ」>

 「テラ・ルネッサンス」は、2001年10月、当時、立命館大学4年生・鬼丸昌也さん(現・理事)が創設し、当時カンボジアで問題となっていた地雷の撤去支援事業を始めました。現在、このカンボジアをはじめ“アジア2か国、アフリカ3か国、それに日本国内で、主に地雷・小型武器・子ども兵の3つの課題”と取り組んでいます。
2005年・NPO、2014年・認定NPOとなり、広く募金を呼びかけながら、“すべての生命が安心して生活できる社会(世界平和)の実現を目指して”活動~支援・啓発・政策提言~を広げています。
NPOテラ・ルネッサンスは、今、15周年記念募金を募集しています。
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