2015/7/5 語りつぐナガサキ

固い口を開いたヒバクシャたち
~{原爆投下から70年の夏・証言集」出版(2015・6/6)~

語りつぐナガサキ・62.9KB 勲吉田勲・82.9KB
<吉田勲さんの被爆証言が出版されました。>

 日頃から交流している長崎市の被爆者団体役員・吉田勲さん(74歳)から元気な電話を頂きました。「原爆の話が本になったとですよ。読んで下さい。好評で、本屋さんでは注文待ちだそうですよ。」・・・その場で、インターネットで申し込み翌日には手にしました。
『語りつぐナガサキ・原爆投下から70年の夏』、英訳もされていて、『Nagasaki August 9,1945 ~ Telling the story of Nagasaki Seventy Summers Later』・・・創価学会長崎平和委員会が編集したもので、長崎の被爆者ら14人の証言が記録されています。
第三文明社刊で、日英二カ国語で収録され、証言のほか、巻末には、放射能や被爆医療に詳しい長崎大学理事で副学長の山下俊一さんと長崎原爆病院名誉院長・朝長万佐男さんが専門の立場から感想を寄せています。定価は税別で1400円です。

長崎原爆・59.2KB 城山小「少年平和像」・81.2KB
<長崎原爆「原子雲」>            <城山小学校「少年平和像」>

 吉田勲さんは、1940(昭和15)年8月生まれ。爆心地から3.9kmの長崎市中新町の自宅で被爆しました。4歳でした。中学校卒業後、さまざまな飲食店で修業し、中華料理店を開きました。結婚し、一男三女の父となった後も“被爆したこと”は誰にも話しませんでしたが、長女が結婚式を挙げた文化会館の壁に掲載されていた「原水爆禁止宣言」を読んだことがきっかけで、「黙っていてはいけない。声を上げなければ!」と決意しました。53歳の時でした。
厚生労働省が7月1日公表した2014年度末現在の「被爆者の平均年齢」は80.13歳。初めて80歳を超えました。また、被爆者数(被爆者健康手帳保持者)は18万3519人です。前年同期に比べ9200人減で、減少幅は過去最大となりました。
原爆投下から70年。被爆を語る証言者が年々姿を消していく状況下で、被爆体験の継承をどうして行くか・・・長崎市では2001年から核兵器廃絶と平和な世界の実現を目指す「高校生一万人署名運動」らが主体となって若い世代での取り組みが続き、吉田さんのように、固く口を閉ざしていた被爆者も、忘れられない“昨日の出来事の様な”被爆体験を生々しく語るようになりました。
吉田さんは、この20年間“核兵器廃絶を目指し取り組んだ国の内外での活動”を振り返るとともに被爆者としての“決意”で証言を締めくくっています。
『これからも、被爆を体験した者として、自分の転機となった「原水爆禁止宣言」に込められた「人間主義・絶対平和主義」の思想を胸に、力の限り核廃絶への運動を続けていきたいと決意しております。』

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