2019/12/6 中村哲さんを偲ぶ

〇中村哲さんを偲ぶ~新聞・テレビで放送(2019・12/5)
~ナガサキピースミュージアムの対応~

アフガニスタンで12月4日、何者かの銃撃で死去した国際NGO「ペシャワール会」の現地代表で医師・中村哲さんの死を悼む声が拡がっています。長崎では長崎新聞社が12月5日付の紙面で大きく掲載しました。NBC長崎放送はテレビニュースで取り上げました。いずれもナガサキピースミュージアムへの取材があり、15年余りの親交がある増川雅一専務理事が対応しました。

 

長崎新聞は第1面トップで死亡の事実・経過を伝え、第3面総合欄ではアフガニスタンの政情不安の情勢と紛争地支援の困難さを、第24面社会欄では「大地に根差して活動」の横見出しで中村医師の“評伝”として活動の中核となった「貧困脱却へ井戸、用水路」を、さらに第25面社会欄では中村医師突然の死去に驚き戸惑う人々の反響を掲載しました。その反響「県内でも悼む声」の中で、『中村さんはボランティア精神にあふれていて、私利私欲が全くない人。医者としてだけではなく現地の生活の安定のために、用水路の整備などに懸命に取り組んでいた。彼がどうして殺されなければならなかったのか」。本県での講演を機に約15年間、親交があったというナガサキピースミュージアム(長崎市松が枝町)の増川雅一専務理事(78)は言葉を詰まらせた』と伝えています。
また、NBC長崎放送<TBS東京放送系列>の12月5日夕方のニュース番組「Nスタプラス長崎」では、
『中村哲さんを偲ぶ 平和への思い~長崎でも講演』のタイトルで約2分間取り上げました。全文紹介します。

『AN  アフガニスタンで人道支援に取り組んできた医師の中村哲さんが昨日銃撃を受け死亡しました。
      長崎からも中村さんを悼む声が聞かれました。
       *増川 「この、世界にとってもね、大変な損失だと思いますよ」
  AN  ナガサキピースミュージアムの増川雅一さん。交流のきっかけは15年前、中村さんの講演会<2004・1/18:長崎香港上海銀行記念館>を開いたことでした。
       *中村 「どんな山の中に行っても長崎、広島と言う名前はアフガニスタンの中で知れ渡っております。長崎、広島の惨禍にも拘らず日本はあれだけ復興を果たして、しかも50年間も戦争をしなかったのは凄い!と」
       *増川 「おそらく長崎の人はその時初めて生の声で現地の状況をお知りになったと思いますね」


   

   
 AN  現地の人のために水を掘り続けた中村さんは、長崎が目指す国際貢献のモデルだと増川さんは言います。
       *増川 「哲先生が一番嫌っていたのは“力では駄目だ”と、つまり、軍事力でもって国際貢献することは認めない、というのが先生の一貫した立場でしたね」
        中村 「日本はいつからアメリカの51番目の州になったんだ、(現地の人は)悪感情ではないですけど、良い感情にはなっていない」
        増川 「今、用水路の周りには緑が豊かになって、畑も出来て、農作物も出来ているわけですね。これが我々が言う国際貢献のモデルじゃないかと思うんですね」
 AN  増川さんは、ピースミュージアムの設立に関わったさだまさしさんが創設した基金<(財)風に立つライオン基金>で、中村さんに続く医師たちを支援して行きたいとしています。


   

AN 中村さんに慎んでお悔やみを申し上げます』

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